12月6日(水)にユーロライブでの『枯れ葉』先行上映で行われたアルマ・ポウスティさんと、アキ・カウリスマキ監督の大ファンだという俳優・松重豊さんのトークイベント。撮影現場での演出や演技について、深い話がくり広げられました。
登壇者:アルマ・ポウスティ、松重豊
MC:奥浜レイラ 通訳:遠藤悦郎
アリガトウゴザイマス。皆さん、今日は本当にお越しいただきありがとうございます。お招きいただいたユーロスペースにも感謝しています。実は今日は特別な日で、フィンランドの独立記念日なんです。
皆さんと一緒に、カウリスマキの雰囲気の中で独立記念日を祝うことができてとても嬉しいです。日本にはカウリスマキ作品を長い間愛してくれているアキの友達がたくさんいて、彼も喜んでいると思います。そして今日ご覧いただいた『枯れ葉』が初めてのカウリスマキ作品だという方にはおめでとうと言いたいです。他にもたくさんの作品があるので、これから楽しんでいただけると思います。キートス。
今回『枯れ葉』の公開と、アルマさんの来日のお祝いに駆けつけてくださった方がいらっしゃいます。ご紹介したいと思います。カウリスマキ監督の大ファンでいらっしゃる俳優の松重豊さんです、どうぞ。
(登壇した松重さんからアルマさんへ花束が贈られる)
お花をありがとうございます。では松重さん、皆様にご挨拶を。
はい、この髪型を見てわかる方はわかると思うんですけど。海外作品のこんな席でなにかしゃべるなんてことは本当に苦手なんですけど、この作品だけはもう髪型を立てでも駆けつけたいと思いました。とにかくカウリスマキ監督の大ファンですので。アルマさんにこんなに笑っていただけると幸せな気持ちになりますね(笑)。今日はよろしくお願いいたします。
さっそく作品のお話をしていきたいと思います。先ほどお話にあったように、今日はフィンランドの106年目の独立記念日です。そんな日にアキ・カウリスマキの作品を皆さんで観るというとても幸福な時間だったと思います。松重さんは『枯れ葉』をご覧いただいて、どのようなご感想を持ちましたか?
本当に、一回ご引退なさった方がもう一回作るというのは、日本でも同じですからね(笑)。まあ、そういう時期も来るのかなと思っていたんですが、よくぞ戻ってきていただいたということ。どういうテイストの作品になるのかと思ったら、僕の一番好きないわゆる「失業3部作」ですか、『パラダイスの夕暮れ』から『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』に連なる作品で。しかもヒロインのアルマさんが素晴らしい。カティ・オウティネンを上回る素晴らしい演技で、魅了されました。本当に戻ってきたなと。それに、衝撃的なのはラジオからたびたびウクライナの現状が流れてきて現実を目の当たりにしなきゃいけないということもありながらも、やっぱりふんだんにユーモアと音楽に満ち溢れた作品というのが、よくぞ戻ってきてくださったなという思いで、ちょっと本当に嬉しくてしょうがないです。
そうですね。6年経って、よくぞという感じもしますが、アルマさんはいかがでしょう?
本当に素晴らしいお言葉をいただいて、びっくりするのと、感動するのと、感謝でいっぱいです。アキが戻ってきて良かったですし、私も、フィンランドの人たちも驚きましたけど、一番驚いたのはアキ本人だと思うんです。アキにとっても、意欲が盛り上がってどんどんやる気が出てきて、実際にこの作品ができたというのは本当にすごいことだったんです。しかも戻ってきただけではなく、私やユッシ・ヴァタネンのような新しい俳優を迎え入れて作ったことは本当に素敵なことだと思います。実際、撮影はものすごく速くて、1年前の秋、9月に撮影を始めて、撮影が終わってから2ヶ月で編集をして、6ヶ月後にはもうカンヌで上映をしていたというすごいスピードでした。多分アキ自身がどんどんインスピレーションを得て、孵化期のような、ゆりかごのような状態だったんじゃないでしょうか。なんでこんなに湧き上がるのかというくらい。監督に言わせると、指が勝手にどんどん脚本を書いて、書いているうちに指が勝手に別のストーリーを書き始めたって。書き終わって気が付いてみたら、「労働者3部作」の4作目ができていたそうです。
アルマさんご自身はカウリスマキ監督について、出演される前はどのようなイメージを持たれていたんですか?
アキ・カウリスマキ監督はもうレジェンドですね。本当に巨匠です。私もそういう風に見ていましたし、自分が生きてきた中で、常にアキ・カウリスマキ監督はそこにいたんです。彼の映画はずっと見てきましたし、人生の中で常に一緒にいた感じがします。特にヘルシンキにはアキが経営するバーがあるんですけど、そこにも行きましたし、アキが経営する映画館にも行きました。でも、一度も会ったことはなかったんです。彼はとても深いヒューマニズムを持った人で、しかもそれは人々の心に触れるようなタイプのもので、常に小さきものへの愛というか、ケアというか、気にかけているところがとても独特なんです。でも、彼のスタイルはあまりにもユニークというか、唯一無二のものなのでコピーはできません。真似したらすぐ分かるし、真似が出来ない。実際、アキの映画はとにかくオリジナルで、映画を観ればあれはアキ・カウリスマキの映画だとわかるスタイルを持っている。そういう印象でした。
松重さんはいかがですか? アキ・カウリスマキのどういったところに惹かれていましたか?
映画とか、ショービジネスの世界にいると、今は分かりやすい方向に流れているっていうイメージがあるんですね。お客さんはファストなものをどんどん要求してくるし。(この映画は)早く理解して先に進みたいっていうのと明らかに逆行している。81分という時間に凝縮された物語があって、そこに置かれた俳優の表現力が非常に問われると思うんです。本当に、誰も分かりやすい芝居はしてないんですけれども、表情の一瞬一瞬を僕ら観客はつかもうとするわけじゃないですか。だからアルマさんの表情ひとつ、目の動きひとつ。「え?ウインクした?」みたいな、そういうことだけでものすごく大事件が起きるんですよ。何か言葉で説明したり、過剰な演技をしたりっていうことじゃない。そういう表現に満ち溢れている空間というのがアキ・カウリスマキの作品で、そこに触れることによって、まだ僕らの信じるような表現が世界のどこかにはあるぞと思えるんですね。だからアキの作品を見ると、まだこの方向に向かっていっても間違いではないんだなと思います。
すごく素敵なことをおっしゃってくださって感動しています。アキは沈黙の巨匠だと思うんです。ひとことのスーパースターですね。
(食い気味に)あの、台本ってどれぐらいなんですか? 分量的に。セリフの量って早口でしゃべれば15分ぐらいで終わるんじゃないかと思うんです、日本だったら。僕らの台本は1本でこれぐらいの厚さがあるんです。フィンランド語でどういう書かれ方をしているのか分からないですけど、渡された脚本にはセリフは全部書かれていたんですか?
完全な珠玉の逸品でした。素晴らしい文学者ですね。詩的なんです。たくさんの言葉は使わないですが、すごく慎重に選ばれた言葉が使われています。もちろん脚本に描かれている人物のセリフは全部書いてあります。それに演じるべき人物の性格とか、キャラクターのいろんなヒントが全て盛り込まれていました。本当に完全で、それに何かを足すこともなければ、引くこともないというか。そこに外からは何も持ち込めないぐらいのものが、その短い中に凝縮されていました。全てがピュアで、とても正直な脚本と言えると思います。そのままでカメラの前に行ける勇気を持てるような、そういうものでしたね。実際、アキを信頼できるということが、その脚本からよく分かりました。アキはもう40年もこのスタイルでやっていて、20作品の長編を撮っていますけど、それは徹底していますね。全て書いてあるんです。でも、ひとつだけ書いていなかったのは、ウィンクでした(笑)
貴重な情報をありがとうございます(笑)。そのウィンクに関しては、OKっていうカウリスマキさんのサインが出たんですか?
撮影の時に彼がウインクしてくれと、その場で言われたんです。
現場のことも知りたいんですけども。どういう演出を現場で指示をされるわけですか。具体的に何か、ここではこのぐらいの間が欲しいとか、例えばここは正面を見て、ずっとセリフを言ってくれとか、そういう細かい指示があるのか。それとももう本当に自由にやってくれっていう形でやるのか。
フリースタイルではないです。細かくすべてが考え抜かれています。リズム、間に関しては、すでにそこにあります。監督は、セリフは覚えてこい、でも練習はするなと。一人でも、二人でも、稽古はするな。でも、脚本はよく読んできてほしいと。ただ、読みすぎるなとも言われました。ほとんど全てがワンテイクで終わっているんです。それは俳優としてはとても怖いことです。これはアキのユーモアなんですが、ワンテイクでうまくいかなかったら仕方ないからツーテイク目を撮る。それでもどうにもならなかったら3テイク目を撮るよと。結局、ワンテイクで撮るぞという決意をいつも言ってるんです。それは優しいユーモアですね。最初はそんなの怖かったんです。でも、現場に行ってみると、本当にワンテイクで。ほとんどの場合うまくいくんですが、するとやっぱり、唯一無二の瞬間がカメラに焼き付けられるわけですね。それが極めて重大で、それはもう二度とできないことなんです。だからもし何か問題がおきて、もう一回繰り返しやることになると新たなヴェールを上に乗っけるような感じになってしまって、同じにならないですよね。それはね、俳優としては怖いけど、すごいことだなと思います。一回で撮るわけですから、全てがワンチャンスなんです。照明であったり、舞台の設定であったり、立ち位置であったり、その全ての設定は一回しかないので、すごく注意深くなります。そしてこれは不思議というか、もう謎のようなことですけど、監督はモニターを一切使わないんです。
昔ながらのオールドスクールの映画の撮影方法で、35ミリのフィルムカメラで撮って、そのままダイレクトにいく。例えば一回カメラを覗いて、小道具はこっち、立ち位置はこっちと、全ての構図を全部自分で動いてチェックしていくんです。それでカメラを覗いてOKとなったら、カメラの横に座って、アクションと声をかけて、演技が進んでいくんです。しかもそれがワンテイクですよ。俳優も、スタッフも全部その緊張の中で撮って、OKが出た後にモニターでチェックなんかしないんです。もう何が撮れているのか彼は分かっているんです。撮った後にチェックなしというのも本当にすごいと思います。
その緊張感は僕も大好きなんですよ。もうテストは要らないから、早く回してっていうタイプなので。その中でもアルマさんは『TOVE/トーベ』では本当に表情豊かで、動きもあって、とにかく色んな表現をお持ちなのに、それがカメラの前であれだけの、いわゆる無表情に見えるような、本当に少ない信号で、高速で動いている心の動きを観客に見せるっていう。そのテクニックというか、そういう演技教育というのは僕らは日本では受けてきていないんです。そのなんでしょう、アキの作品に出ている方には、そういうフィンランド人に特有の表現方法があるんでしょうか?
とても感動しています。演じるなとアキは言うんですね。それが唯一の監督の指示です。アキの映画はずっと見てきていて、そういうスタイルだと知っていたわけですけど、ミニマルに見える中にも、物凄くたくさんの感情とか人生とか、そういったものが詰まっているんですね。気持ちがぎっしりとその中に詰まっている感じなんです。実際にフィンランド人はシンプルで、ちょっとシャイで、静かではあるんですけど、アキはやっぱり沈黙の名人というか巨匠というか。沈黙に対する信頼がものすごく大きいんですね。面白いのは、それが同時に観客に対しても沈黙を解釈する余地を与えているんです。だから、観客はちょっとしたシンプルなものの中からピュアに何かを見つけられるんだということを、逆に私も学びました。監督の映画に出て、演じることで学んだことは、表現の幅を広げるというよりは深い方向に進んでいく、そういうスタイルがあるとうことです。俳優として、それはもう興奮するような経験でした。
そういうふうに聞くと、真面目なお芝居だと思うんですけども、くだらない間とか、本当に大笑いしてしまうような、呼吸の笑いがあるじゃないですか。あと音楽ですよね。それが対極にあるような沈黙と混在しているから、僕らの脳っていうのはどんどんどんどん掻き混ぜられるんですよ。どこに行っていいのかわかんないまま、カウリスマキの世界に引き込まれていくっていうのがあるんですけども。そういう笑う間とか、空気とか、かかる音楽とかっていうのは演じる側として意識してらっしゃるんですか?
これはおとぎ話なんですね。ですから、アキは時間を結構混ぜるんです。例えば60年代っぽいなと思ったら、急に80年代っぽい、あれ、ラジオから今のウクライナ戦争の話が出てくる、という時間で。しかも一か所、2024年と書いてあるカレンダーが映ったりするんですけど、これはSFか?って、そういう混ぜ方をする。外を見てみたら、また違う世界があるとか、そういうのがとっても独特なんですよね。それを見せることによって、今のフィンランドは、今の世界はどうなんだろうということを観客に思い起こさせる。そういうマジックがあります。
それも含めて、やっぱりその世界観を演じる側も共犯関係になっているってことなんでしょうね。だから、本当に「竹田の子守唄」がかかって、ウクライナのニュースがかかる、一緒に観に行く映画がジャームッシュのゾンビ映画で。なんで?という。そういうところで掻き混ぜられるのがすごく楽しくて。カウリスマキっていう人自体、人間的な深みというか、そういうものがあるんだろうなというのを感じるので。やっぱり好きだなと改めて思いました。
わたしもカウリスマキの映画世界を愛しています。実際に少なくない数の引用というか、彼が考える映画の神々、ジャームッシュ、チャップリン、小津といった人々に敬意を表したものがいっぱい出てくるんですね。それはスノッブに全部を知っていなければいけないということではなくて、わからなければわからないでよくて。たくさんのそういうものを使いながら、アキ自身は自分が尊敬する映画の先達や同僚たちとの会話を楽しんでいる。会話を自分の映画の中でやっている、そういう感じがします。
待ち合わせをしている映画館のポスターが気になってしょうがないですね(笑)
一時停止してみたいぐらいですよね。コメディアンでもあるユッシ・ヴァタネンさんが加わっているのもコメディの要素としては大きかったと思いますが。
アキはこの映画をロマンチックコメディと呼んでいます。彼は、ロマンチックコメディだから頬っぺたに1回キスをして、握手が1回、おでこに1回キスをする、すばらしい愛情表現がたくさんあるじゃないかと(笑)
確かにまっすぐなラブストーリー、コメディの要素もありますね。すいませんお時間が来てしまいました。
いま言ったオールドスクールな映画の撮り方、リハーサルをしない、一回で撮るぞみたいな経験はありましたか?
北野武さんは多分近いですね。テストをしないで、もう回していこうか、ということをしますし。僕はテレビとかの作品に関係している時に、テストで何が起きるかわかんないから、そこからみんなで楽しもうよっていうことで、現場では積極的に、できれば各セクション準備できた上でテストから回していこうという作り方をしようと思ってます。テストを重ねていって固まっていく芝居っていうのもありますけども、やっぱり一回しかできないっていう、そういう新鮮さっていうのがやっぱり一番面白いなと思います。そういうものを切り取って映画ができてるっていう方が。僕はどこかドキュメンタリーに近いものになればいいと思っていますし、そこがやっぱり、多分アキが考えていることとも、アルマさんが面白いと思ってらっしゃることとも多分繋がっているんだなと思って、今日は非常に合点がいきました。
松重さんはアキ・カウリスマキ監督のやり方にわりと近いものをご自身でも感じてらっしゃる。ということは、今後ご出演したいなということは…。
もう旅費から何から全部出して行きますよ、そりゃ。もうセリフなくても大丈夫。本当に行きますよ。行きたい。本当にバーにいるウェイターでも、本当になんでもいいです。
6月にアキ・カウリスマキ・オタクツアーがあるんです。
6月にアキ・カウリスマキのオタクツアーを企画していまして。カウリスマキはキノ・ライカっていう映画館を作っちゃったんですね。そこにも行くツアーで。わたしはツアーのガイドです。
まだまだお話しできると思いますが、すいません、最後にアルマさんから一言いただいて締めたいと思います。お願いします。
みなさん、ありがとうございます。今日は素晴らしい会話ができて本当に嬉しく思います。人生というか日ごろ何か混乱したり、色んなこともあるかもしれませんけれども、その中に希望の光、スパークが見えたらいいと思いますし、ほかの人とお互いケアをしあう、大切に思うということをやっていただけたら、とても嬉しいなと思います。アリガトウゴザイマシタ。